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History


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Motley Crue - History 1982

※Motley Crueのバンド・ヒストリーを年代別に網羅!



1982/01
■Leathur Days - 1982
前年から引き続き、アルバム・リリースを契機としたショウをカリフォルニア周辺のクラブで実施。Vinceはチェインソーでマネキンの首を切り落とし、Nikkiはブーツに火をつけるパフォーマンスを開始。

<1982/04/01 - San Francisco, CA (The Rock)>
01. Take Me To The Top
02. Running Wild In The Night ※
03. Come On And Dance
04. Starry Eyes
05. Piece Of Your Action
06. Department Of Youth ※
07. Merry - Go - Round
08. Public Enemy #1
09. Toast Of The Town
10. Helter Skelter
13. Jailhouse Rock

(※#02 - Motley Crueによる未発表曲。 #06 - Alice Cooperの1975年のアルバム「WELCOME TO MY NIGHTMARE」収録曲のカヴァー)


1982/01
Leathur Records からリリースされたアルバム「TOO FAST FOR LOVE」が、Greenworld Recordsの配給でイギリスでリリースされ好リアクションを得る。 その後、イギリスの音楽雑誌 Kerrang!で取り上げられ、バンドにはWISHBONE ASHのサポートとしてのヨーロッパ・ツアー、またカナダのHRバンドANVILとのジョイント・ツアーの話も出始める (が、実現には至らなかった)。


1982/02
Nikki と Vince、それぞれがガールフレンド(Lita FordとBeth Lynn(ベス・リン))を伴い、Sunset Stripのナイト・スポット「Rainbow Bar And Grill」に遊びに出ていたところ、店の前の路上で他の客(バイカー)とトラブルとなる。チェーンを振りかざし暴れたNikkiはその場で警察官に逮捕。留置所で1晩を過ごした後、Litaが工面した保釈金で釈放される。

ただし、逮捕時に警察官から理不尽な暴行を受けたことに憤慨したNikki、この経験をもとに "Knock 'Em Dead Kid"を書き上げる。


1982/03
「著しく部屋が不衛生」との理由で、Vince, Nikki, Tommyの3人は通称 "The Motley House"からの立ち退きを要求される。

Vinceはガールフレンド Bethのアパートへ、NikkiはLitaと北ハリウッドのColdwater Canyonに引越し、Tommyも当時のガールフレンドJessica(ジェシカ)の家に転がり込み、共同生活は終わりを告げる (TommyのガールフレンドJessicaのバンド内での愛称はBullwinkle(ブルウィンクル=ヘラ鹿)。Tommyは豪快にイクからという理由で、どんなにイイ女が居てもヘラ鹿に似た彼女を手放さなかった)。


1982/04/08
コンスタントに行われるLiveがシーンの話題となり、回を追うごとに動員数も増加。

4月8日にはカーレースのプロモーターの企画によりSanta MonicaのCivic Auditorium(収容人数3500人)に登場。ドラッグ・レース用の車と共にステージに立ち、新曲"Knock 'Em Dead Kid"をプレイ。


1982/04
後にMotley Crueと契約することになる、メジャー・レーベル「ELEKTRA」(エレクトラ)のセールス・アシスタントTom Zutaut(トム・ズータウ)。たまたま通りかかった「Whisky a Go-Go」の前に群がるキッズと、「Motley Crue "Sold Out"」の看板に興味を持つ。 実際にショウを見て好印象を持った彼はバンドに接触を図る。


1982/05
イギリスを本拠地とするVirgin Recordsからもメジャー契約の話が舞い込むが、バンドはELEKTRAとの契約を選択。バンドとELEKTRAのスタッフはメキシコ料理店Casa Cugats(カサ・クガート)にて、無事に契約に至った祝宴をする。

契約においては、Leathur Recordsからリリースされたアルバム「TOO FAST FOR LOVE」を再リリースする作業が第一に進められるが、ラジオでオンエアされるには"サウンドがラフすぎる"と判断したレーベル側は、このアルバムをリミックスして発売することに決定。制作指揮には Roy Thomas Baker(ロイ・トーマス・ベイカー) が選ばれる。


1982/06
■"Cruesing Through" Canada Tour
カリフォルニア圏外での初めてツアーとして、短期間のカナダツアー(全7公演)を実施。ただし空港で荷物を押収され(スタッズの付いたコスチュームや、ムチや鎖が"武器"と見なされた)、度重なるケンカ騒ぎが起こるなど行く先々でトラブルに見舞われ、散々な結果でLAに引き上げる。

Nikki、次アルバムのタイトルを「TV & VIOLENCE」にしたいと考える (バンドをTVに例え、見ているオーディエンスが暴力的になるという意味)。


1982/07
■Leathur Days - 1982 (2nd Leg)
カナダ・ツアー後、バンドはカリフォルニアでのショウを再開。LAでの本拠地は「Whisky A Go-Go」から「Country Club」, 「Roxy Theatre」に移る。この頃にオープニングを務めたバンドはSTEELER, SHARKSなど。

<1982/09/24 - Los Angeles, CA (Roxy Theatre)>
01. Take Me To The Top
02. Looks That Kill
03. Come On And Dance
04. Starry Eyes
05. Red Hot
06. Hotter Than Hell
07. Merry - Go - Round
08. Running Wild In The Night
09. Piece Of Your Action
10. Public Enemy #1
11. Live Wire
12. Knock 'Em Dead Kid
13. Helter Skelter



TOO FAST FOR LOVE

1982/08/20
ELEKTRAレーベルからメジャー・デビューアルバム 「TOO FAST FOR LOVE」(華麗なる激情)をリリース。
 → アルバム詳細情報

ELEKTRAには他に一押しのバンド(オーストラリアのCOLD CHISEL)が存在したため、アルバム発売に合わせたプロモーション(宣伝)は殆ど行われていないが、アルバムは10万枚以上をセールス。Billboardチャート初登場157位を記録(以後、チャート順位は全てBillboardによる)。


1982/10/31
サンフランシスコのConcord Pavillionにて、Randy Hansen, Y&Tとハロウィーン・スペシャルLiveを行う。邪悪なステージ装飾と、ふんだんに火を使ったショウは「史上最高のグラム・ロック・ショウ」と絶賛されるが、ステージを下りた途端に消防署から1000ドルの罰金を言い渡される。このLiveで"Shout At The Devil", "Looks That Kill", "Red Hot"が初めてプレイされた。


1982/11
「ロック・スターとヌード・モデル」をテーマに、Motley Crueが撮影に参加したアメリカのポルノ雑誌「Oui」11月号が発売される。Tommyは、フォト・セッション終了後、モデルの1人を連れて3日間行方不明となる。


1982/11/19
カリフォルニアのPasadenaにあるクラブ「Perkin's Palace」にて、同日2回公演を実施(Early Show / Late Show)。Late Showの模様は地元のラジオ局で放送され、Motley Crueの世界的なブレイク後には、このLiveを音源とするブートレグが多く出回った。

<1982/11/19 - Pasadena, CA (Perkin's Palace : Late Show)>
01. Take Me To The Top
02. Looks That Kill
03. Red Hot
04. Starry Eyes
05. Piece Of Your Action
06. Merry - Go - Round
07. Shout At The Devil
08. Hotter Than Hell
09. Live Wire
10. Knock 'Em Dead Kid


1982/12
バンド初のプロモーション・ビデオとして、"Live Wire"のビデオが制作される (当日は同セットで"Take Me To The Top"のビデオも撮影されたが、こちらは公開されずにお蔵入りとなっている)。


1982/12
LAのスタジオ「The Annex」にて、2ndアルバムに向けたリハーサル開始。"Shout At The Devil", "Looks That Kill", "Hotter Than Hell", "I Will Survive", "Too Young To Fall In Love"のデモ・テープを制作。


1982/12
バンドのマネージャー Allan Coffman、ELEKTRAレーベルからの前渡し金を持ち姿を消す。

当面はELEKTRAレーベルのTom ZutautがAllanに代わりバンドのケアを行うが、実はこの時点でバンドの内情は無一文状態。危機を感じたNikkiは、新たなマネージメント契約と現状からの起死回生をはかるべく、来る大晦日にむけてのスペシャル・ショウを企画。


1982/12/31
1982年の大晦日、バンドは「New Years Evil」と題したスペシャル・ショウをSanta Monicaの「Civic Auditorium」で実施。MCにカルト女優Elvira(エルヴィラ)を起用し、オープニング・アクトにパンク・バンドTHE WIGGLERや大道芸人を用いる (当初は「Miss Nude Heavy Metal」と題されたヌード・コンテストが企画されていたが、市当局の指導で中止になった)。また、このショウでは、バンド結成以来の最高となるマーチャンダイズ売り上げを記録。

■New Years Evil
<1982/12/31 - Santa Monica, CA (Civic Auditorium)>
01. Take Me To The Top
02. Looks That Kill
03. Public Enemy #1
04. Red Hot
05. Starry Eyes
06. Piece Of Your Action
07. Shout At The Devil
08. Merry - Go - Round
09. Too Young To Fall In Love
10. Live Wire
11. Knock 'Em Dead Kid
12. Run For Your Life ※
13. Helter Skelter

(※#12 - Motley Crueによる未発表曲)

ショウには多くのマネージメントが招待されていたが、かねてよりMotley CrueのファンであったRonnie James Dio(ロニー・ジェイムス・ディオ)の口利きにより、バンドはDoc McGhee(ドック・マギー)とDoug Thaler(ダグ・セアラー)と出会う。



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